使用者代理人(直訳)

雑記のネタがないのでアクセス解析をボーっと眺めていたら、変わったUserAgent名が目に付きました。出会いの予感です。

ブラウザのUserAgent文字列は、割と簡単に書き換えられるので(Sleipnirなんてオプションの1ページ目にあるしね)、僕も足跡代わりに変な文字列を入れた経験があったりなかったり。
……で、肝心の文字はというと。

( ´_ゝ`)……

Σ( ̄ロ ̄ ;)

(゜ε゜;)

……なんて恐ろしい人物なんだ! テキストサイトにとっては悪魔のような言葉ですな。
掲示板を荒らすわけでもなければ、メールを送るわけでもなく。ただ一言UserAgentを「で、オチは?」にしてサイトを閲覧するだけで、管理人(※アクセス解析を付けているところ限定)を絶望の底に追いやれる、と。

きっと彼(彼女?)は、そうやって幾千もの管理人を再起不能にしてきたに違いありません。人呼んで「テキストサイト管理人キラー」、略して「テキーラ」。(←違っ)

いやぁさすがの霧雨さんも心臓が1億光年ぐらい止まるかと思いましたよ!

例えてみるなら、「全国各地に『オタク浄化部隊』が送り込まれる」ぐらいのドキドキ感覚です。ユーザ蜂起です。「アキハバラ帝国」として独立です。とりあえず「義理の妹党」と「幼馴染み党」の二大政党が発足です。法案が出るたびに足の引っ張り合いです。戦争です。「アキハバラ帝国」崩壊です。

いつの間にやら「アキハバラ帝国」の話になってしまった上、今回もオチが付かず1行目に戻ってスパイラル。

秋分の日

エスカレーターで下りていると、下から風が吹き上げていた。
街行く人を眺めると、まだ半袖の人もいれば、コートを身にまとっている人もいる。季節の変わり目を感じるのは、そんな光景を目にしたときだ。

9月23日――「秋分の日」。法律では、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」とされているらしい。
「祖先を敬う」と言われても僕にはピンと来ないので、「亡くなった人々を偲ぶ」ということで、夕飯を食いながら、昔亡くなった祖父のことを思い出してみた。

祖父が他界したのは、僕が小1の時。既に10年以上前の話だ。ちょうど地元では夏祭りが行われており、その賑わいを遠くに聞きながら、祖父は息を引き取った。
死に際の遺言などはなかった。ベランダで倒れた後、ひたすら「暑いなぁ……」を繰り返すだけ。「ドラマのような死に方」なんて、本当に「ドラマの中だけ」なんだと、画面の中で誰かが死ぬのを見る度に思うようになった。

祖父について覚えているのは、保育園時代に時々オートバイで迎えに来てくれたこと、毎朝仏壇の前でお経を上げていたこと、マナーには厳しかったこと……こんなところだろうか。

あとは、祖父が亡くなった日の晩飯が冷麺だったのだが、これが全然美味く感じられなかったのを未だに覚えている。「人生の中でまずかった料理ベスト3」を挙げろと言われれば、速攻でこれが出てくるし、死ぬまでベスト3(ワースト3)にランクインし続けるはずだ。

こんな具合に、断片的な思い出は存在しているものの、肝心の「祖父の顔」と「祖父の声」を思い出そうとすると、曖昧になって思い出せない。

「確かにこんなセリフを言われた記憶がある」。しかし、「どんな表情で、どんな話し方だったか」までは思い出せない。人の死というのは、そうやって風化していくのかもしれない。
だからこそ、人は何らかの形で「自分が生きていた証」を残したいのだろう。

その最たるものが「結婚」であり、「子孫を残すこと」なのだと、実家で飲んでいる時に父が言った。
祖父の生きていた証として父がおり、その結果僕がいる。
「祖先を敬う」というのは、つまり「生命のリレー」を大事にすることなんだと、吹く風に身を任せながら何となく思った。